洗浄。これは、大小便のあとに、手を洗うことを意味する。この巻では、高等な教えが説かれている訳ではない。悟りについて、語られている訳ではない。なんと、トイレの行き方、便後の洗浄の仕方について、事細かに記されている。
これは、一般の人向けに書かれたものではない。明らかに、寺で修行している僧に対して書かれている。道元は、この『正法眼蔵』自体を、そうした僧侶に対して、語り、記したのだ。
道元に取っては、便後の洗浄も、重要な修行の1つであった。他にも、爪を切ること、髪を切ることも、修行の1つであるとしている。
道元という人物について、私たちは、哲学者や思想家をイメージしがちだが、それは大きな間違いだ。
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