一課明珠とは、宋の時代、福州の玄沙山に住んでいた師備という偉いお坊さんのことばをめぐって、展開される。
この師備という人は、もともとは、漁師を営んでいたが、30才頃に出家し、雪峰山の真覚大師に弟子入りした、という珍しい経歴を持っていた。
この師備が、悟りを得た後に、”この世は、美しい珠のようなものだ”と言った。弟子の一人が、”そのことばを、どのように理解したらいいでしょうか?”と聞くと、師備は、”それを理解してどうしようというのか”と答えたという。
道元は、そのエピソードを詳しく解説しながら、”この世が、明珠であるかどうかは、どうでもいいことだ”と語っている。
道元は、ことばの定義に捉われるな、ということを言いたかったのかもしれない。
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