道元は、人間の考えとは、時によって変わるものだと、考えていたようだ。
「疑著せざれども、しれるにあらず。衆生もとよりしらざる毎物毎事を擬著すること一定せざるがゆえに、擬著する前程、かならずしもいまの擬著に符合することなし。ただ擬著しばらく時なるのみなり。」
物事を疑っている訳ではないが、だからといって知っている訳ではない。あらゆることについての疑っているが、考えは一定ではない。そもそも、疑っている前提や疑い方が、時代とともに変わっている。疑うということ自体が、時というものなのだ。
最後は、再び、存在と時間の関係に戻っている。
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