道元は、戒律を守らないことよりも、名声や富に捉われてしまうことの方を、強く戒めている。
戒律を破ることは、一時的な事だが、名声や富に捉われると、一生そこから逃れられない、という人間の性を、よくわかっていた。
道元といえども、自らの教えを広めるための活動は、名声や富の誘惑と紙一重だったに違いない。
道元は、自らも、つねにこのことを心に留めていたのだろう。
2013年5月5日日曜日
行持:達磨と慧可の物語
この巻では、30人以上の仏祖の行持が紹介されている。その中でも、特に有名なものが、中国に禅を伝えた達磨と、それを継いだ、慧可の物語。
山にこもり、ひたすら修行する達磨を、慧可が訪れるが、達磨は会おうとしない。
8年も達磨の住まいの外で、ひたすら待ち続け、ついに、左腕を切り落とし、その意を伝えた。
達磨も、ようやく、慧可の真意を理解し、その教えを伝えることになった。
雪舟がその場面を描いたことでも、よく知られているエピソードだ。
山にこもり、ひたすら修行する達磨を、慧可が訪れるが、達磨は会おうとしない。
8年も達磨の住まいの外で、ひたすら待ち続け、ついに、左腕を切り落とし、その意を伝えた。
達磨も、ようやく、慧可の真意を理解し、その教えを伝えることになった。
雪舟がその場面を描いたことでも、よく知られているエピソードだ。
行持:年齢や身分や知識とは関係のない修行
修行を行うにあたり、年齢、そのひとの出身や身分、教育のありなしは、何の関係もない。
仏の道を一度目指したならば、高い身分のものだか、修行はしないとか、年をとったから、修行をやめるあるいは控えめにする、ということは、道元にとってはあり得ないことだった。
自分の置かれた状況や、周りの環境に囚われず、ただただ、ひたすら修行をすること。それこそが、道元にとっては、仏の道であった。
仏の道を一度目指したならば、高い身分のものだか、修行はしないとか、年をとったから、修行をやめるあるいは控えめにする、ということは、道元にとってはあり得ないことだった。
自分の置かれた状況や、周りの環境に囚われず、ただただ、ひたすら修行をすること。それこそが、道元にとっては、仏の道であった。
行持:仏祖の修行がこの世を支える
行持とは、仏祖が代々に渡り、修行を続けていることをいう。
道元によれば、釈迦以来の、代々の仏祖の厳しい修行は、単に、仏教の存続を支えているだけではなく、そうした行持があることで、この世が存在する、という。
仏教が伝えられるということは、仏典などの書物や思考によって伝えられるのではなく、座禅を中心とした、修行という行いが、ずっと続けられる、といことにある。
このことは、仏教あるいは宗教のみならず、人間のすべての営みについてもいえることだろう。
この巻には、道元の独自の理論や思想が語られているわけではない。ただ単に、過去の仏祖達の修行の様子が語られているだけだが、道元の基本的な考え方がよく表れている。
道元によれば、釈迦以来の、代々の仏祖の厳しい修行は、単に、仏教の存続を支えているだけではなく、そうした行持があることで、この世が存在する、という。
仏教が伝えられるということは、仏典などの書物や思考によって伝えられるのではなく、座禅を中心とした、修行という行いが、ずっと続けられる、といことにある。
このことは、仏教あるいは宗教のみならず、人間のすべての営みについてもいえることだろう。
この巻には、道元の独自の理論や思想が語られているわけではない。ただ単に、過去の仏祖達の修行の様子が語られているだけだが、道元の基本的な考え方がよく表れている。
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