正法眼蔵ノート
道元の『正法眼蔵』を読み、気がついたこと、心に残った言葉などを、ここに記す。
2013年3月6日水曜日
恁麼:智とは何か
道元は、この巻で、智というものについて、次のように語っている。
いわゆる智は、人に学せず、みずからおこすにあらず。智よく智につたはれ、智すなわち智をたづぬるなり。
智とは、学んだから得ることが出来る、というものではなく、しかも、自らそれを作り出すことは出来ない。智の方が、むしろ、智をたどっていくことで、伝わっていくのだ。
人間の自らの智に対する思い上がりに、冷水を浴びせかけるような、厳しい言葉だ。
恁麼:道元の世界観
恁麼とは、このような、とか、このとおり、とかいう意味の俗語だという。
この巻では、道元が、この世界と人間の関係を、どのように見ていたか、を表す言葉が出てくる。
われもかの尽十方界の中にある調度なり。・・・(略)・・・。身すでにわたくしにあらず、いのちは光陰にうつされてしばらくもとどめがだし。
自分という存在は、この世界の中にあるものの一つにすぎない。いのちには限りがあり、時間の流れを止めることが出来ず、ただ老いていくばかりである、としている。
この言葉を見ると、道元の世界観は、今日の一般的な世界観とほとんど変わりがないことがわかる。
道元は、そのように、目の前にある世界を、そのまま受け入れた上で、仏の道を極めようとしたのだ。
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