2012年9月27日木曜日

法華転法華:教えを使うか使われるのか

心に迷いがある時は、法華が転じている。主語は、法華である。主体は自分にはない。

悟りを得ると、今度は状況が、まるで逆になる。法華が転じるのではなく、法華を転じる。法華は、主語ではなくなって、目的語になる。法華を転じる主体は、自分の側になる。

法華とは、もともとの意味で言えば、正しい教えである白い蓮の花、ということだろうか。

正しい教えに、踊らされるか、その教えを、自分のものとして、使いこなせるか。道元は、そうしたことを、法華転法華、という不思議な言葉で表現している。

法華転法華:道元の文字世界

実に面白い巻の名前だ。

法華が法華を転じる。

これは、この巻の中での言葉、

心迷は、すなわち法華転なり。心悟転法華といふは、法華を転ずるというなり。

を続けて表した物だが、道元は、それによって、原典にはない、新たな文字世界を作り出している。

何よりも、この巻を読むと、道元が、いかに『法華経』を読み込んでいたかがわかる。道元と『法華経』は、すぐに結びつかないが、道元の中で、『法華経』は、特別な意味を持っていたことが、この巻からよくわかる。